銀の閃光

 共和国首都陥落から一週間、ネオゼネバスの猛攻の前に、中央大陸各地の共和国軍は敗走を繰り返すのみとなっていた。ネオゼネバスの誇るダークスパイナーは、共和国のあらゆるゾイドの動きを封じ込め、共和国軍はまともに戦うことが出来ないままに敗れ去っていったのだ。
 大陸西部のとある渓谷を共和国の敗残部隊が東へ向けて逃走している。シールドライガーDCS1機、ゴジュラス1機、シールドライガー2機、ベアファイター1機の計5機。それを追うのはダークスパイナー1機とジェノザウラー3機、そしてディロフォース10機の小隊だ。
 本来であれば、この程度の部隊ならゴジュラスを擁する彼らにとっては倒せない相手では無い。しかし、追手の中にはダークスパイナーがいる。ダークスパイナーのジャミングウェーブは、特に爬虫類型ゾイドにとっては天敵と言っても過言では無いほどの難物であり、最悪、機体のコントロールを完全に乗っ取られてしまう。真向から戦えばゴジュラスを操られてしまう可能性があるのだ。
 「畜生!ダメだ、このペースじゃ追いつかれちまうぞ!」
シールドライガーに乗る、隊の中で最年長のバイラス軍曹が叫んだ。
「中尉、やはりゴジュラスは諦めましょう。時限爆弾を仕掛けて放置すれば、巧くいけば追手を道連れにすることもできるかもしれません。」
ベアファイターのジョンソン伍長が、リーダー格であるシールドライガーDCSのムラタ中尉に進言する。
「しかし・・・」
中尉とは言え、ムラタは士官学校を出て2年弱の若い士官であった。たまたま、生き残った5人の中で一番階級が上だったというだけで仮の隊長となった彼にとって、希少なゴジュラスを捨石に使う決断を下すには躊躇いが会った。
「中尉、自分は覚悟は出来ています!ゴジュラスを諦めましょう!」
ゴジュラスに乗るジョーンズ少尉が叫ぶ。彼はムラタより一つ年下の後輩であった。士官学校時代から彼を知るムラタは、ジョーンズが愛機に対して持っている愛着もよく知っていた。それだけに、決断を下せずに居たのだ。
「ジョーンズ・・・。いいのか?おまえのゴジュラスを・・・」
「悲しいですよ!辛いですよ・・・!でも、敵に操られて味方に牙を剥くぐらいなら、自爆した方がよっぽどマシです!コイツだって、そう思っているはずです!」
「ジョーンズ・・・」
ムラタは目に熱いものを感じた。胸が締め付けられるように痛む。だが、そうしている間にも帝国軍は怒涛の勢いで追い上げて来ていた。
「隊長、どうやら爆破の準備をしている余裕も無くなりそうですよ・・・。」
頭部の装甲板を3割がた失ったボロボロのシールドライガーに乗ったクライフ軍曹が悲壮感の漂う口調で言った。5人のゾイドが明らかに失速している。関節に何かが引っかかったかのように動きが鈍っている。ダークスパイナーのジャミングウェーブの影響が出始めているのだ。追手はすぐそこまで近づいている。
「ガッデム!」
バイラスはコンソールをガンと叩く。
「この谷を抜ければ共和国の勢力圏は目の前なのに!!」 ジョンソンが歯軋りして悔しがる。ムラタは自分の甘さを悔いた。自分の決断が遅れたために、ゴジュラスどころか仲間4人と5機のゾイドを今まさに失おうとしているのだ。すでに、後方からは谷を駆けるゼネバス機の足音が聞こえてくる。ムラタは一瞬目をつぶり、大きく息を吸い込むと、機首を翻した。
「中尉!?」
「何のつもりですか!?」
各員がムラタの行動に声を上げる。
「こうなったのは俺の責任だ。俺がここで敵を引き付ける。早く逃げろ!」
「馬鹿な!あんた死ぬ気か!?」
バイラスが怒鳴る。
「そのつもりだ!」
ムラタは即座に返す。だが、皆逃げることを躊躇う。
「早く行けっ!これは・・・命令だっ!!」
「その命令は聞けません!」
ジョーンズが叫んで、ゴジュラスの向きを変えた。
「ジョーンズ!やめろ、死にたいのか!」
ムラタが怒鳴りつける。
「中尉だけ置いて行けませんよ。何、操られたら、その時は自爆スイッチでケジメはつけますから。」
そう言ってモニター越しのジョーンズは親指を立てて見せた。
「ちっ、あんたらがそうするってんなら、俺が逃げるわけにゃいかねえなァ。」
バイラスが頭を掻きながら機首を反す。残り二人もそれに従った。
「やりましょう。この状態でどれだけやれるかわかりませんが、1機でも2機でも道連れにしてやりますよ。」
クライフの力強い言葉に、手負いのシールドライガーが低く唸る。
「おまえら・・・。」
ムラタの頬に嬉しさとも悲しさとも悔しさともつかぬ涙が流れた。その時、谷の奥からついに追撃部隊が姿を現した。隊長機と見られるジェノザウラーが低い姿勢で咆哮する。その後ではダークスパイナーが背鰭を立てて構えている。ジャミングウェーブを発しているのだろう。ムラタたちのゾイドは先ほどよりもさらに鈍くなっている。
 先に動いたのは追撃部隊のディロフォースだった。凄まじい瞬発力で一瞬の内に200km/h前後まで加速して飛び掛ってくる。シールドライガー3機が格納している武装を展開し、ありったけのミサイルとビームを放つ。ディロフォースはそれを掻い潜ってベアファイターに襲い掛かる。ベアファイターは後肢で立ち上がってその1機を捕らえ、地面に叩きつけた。ベアファイターのパワーに、ディロフォースは紙細工のようにひしゃげ、パイロットが投げ出される。だが、同時に別のディロフォースがベアファイターの左足に斬り付け、深く切り裂く。転倒寸前のところで何とか堪えるベアファイター。ゴジュラスにはジェノザウラーが2機がかりで襲い掛かった。ゴジュラスは全身に搭載した火器で牽制しつつ、近づいたジェノザウラーの1機を尻尾で殴って崖に叩きつける。もう1機も同様に倒そうとしたが、ジェノザウラーのパイロットはジョーンズの予想よりも巧かった。ゴジュラスの尻尾の一撃を、機体を後方に滑らせることで威力を殺してキャッチし、アンカーを使って踏ん張り、ゴジュラスの足を止めた。
「しまった!」
本来なら、アンカーを使ったところでゴジュラスのパワーを押さえ込むことはジェノザウラーには困難である。だが、ジャミングウェーブでパワーダウンしたゴジュラスならば、楽にねじ伏せることができた。壁に叩きつけられたジェノザウラーも体勢を立て直し、ゴジュラスに向かって荷電粒子砲を放つ。機体に凄まじい衝撃が走るが、ジェノザウラークラスの荷電粒子砲一発ではゴジュラスの装甲は破りきれない。何とか耐えることができた。だが、その瞬間、ジョーンズは尻尾を掴んでいる方のジェノザウラーが荷電粒子砲をチャージしていることに気付いた。
「!?」
ゼロ距離からの荷電粒子の奔流がゴジュラスを撃ち、その左腕とブースター、背鰭2枚をもぎ取った。
 ムラタのシールドライガーは隊長機ジェノザウラーの攻撃を肩透かしのようにして交わし、一直線にダークスパイナーに突撃する。ダークスパイナーさえ倒せば、いや、ジャミングウェーブさえ止めれば勝機はある。ダークスパイナーはジャミングウェーブ発射形態をとって足を固定している。
「シールドライガーDCSのキャノンを最大出力で叩き込めば・・・。」
ジェノザウラーを交わしたDCSが最大出力のビームを放つ。レッドホーンクラスなら一撃で沈黙させられる威力の荷電粒子だ。直撃。仕留めた!ムラタはそう確信した。だが、ビームはダークスパイナーのボディを避けるように捻じ曲がり、ダークスパイナーの両脇、上下、後方へと流れていった。
「何っ!?」
ムラタの顔が一瞬で真っ青になる。ダークスパイナーはジャミングウェーブを最大出力で発生させることで、荷電粒子を弾くことができる。だが、ムラタはダークスパイナーにそこまでの電磁波発生能力があるとは知らなかった。
ガンッ
コクピットに強い衝撃が走り、シールドライガーが地面に叩きつけられた。ダークスパイナーの力に驚いた一瞬のスキをジェノザウラーに突かれ、その太い脚で蹴りつけられたのだ。ジェノザウラーはそのままシールドライガーを踏み潰そうとするように体重をかけてくる。装甲が、フレームが軋みを上げて歪んでいく。逃れようとしても、元々ジェノザウラーの方がパワーで上回っている上に、ジャミングウェーブで思うように動けない今となっては、もはやどうしようもない。周囲を見ると、仲間の4機もそれぞれに危機に陥っていた。ムラタは改めて自分の甘さを後悔する。死の恐怖よりも、仲間を死地に追い込んだ自分への怒りと無力感が大きかった。激情に任せてスロットルを開け、シールドライガーを暴れさせるが、ジェノザウラーを振り払うことは叶わない。
 絶望感だけが募っていったその瞬間、突然ダークスパイナーの背鰭が火花を上げて吹き飛んだ。
「!?」
マシントラブル?いや違う。ダークスパイナーの背中は右腰部から左肩に向かって何かで削られたようにえぐれている。何者かの狙撃で背鰭を破壊されたのだ。背鰭が破壊されたことで、ジャミングウェーブが消えた。ムラタのライガーは思いっきり身をくねらせてジェノザウラーの足から脱出する。危機を脱した彼が見たのは、崖の上から飛び降りてくる銀色のゾイドの影、そしてゴジュラスを仕留める寸前だった2機のジェノザウラーが、そのゾイドによって一瞬で撃破される姿だった。銀色のゾイドは飛び降りざまにジェノザウラーの頭を噛み潰してその胴体を押さえ込み、残り1機のコクピットを背中に背負ったキャノンのゼロ距離射撃で吹き飛ばした。圧倒的な戦闘力。それ以上に乗り手が相当な腕の持ち主であることがその一瞬から見てとれた。ムラタが初めて見るそのゾイドは銀色の狼型ゾイドだった。頭部を単眼のバイザーで覆っていたために、一瞬何型のゾイドかわからなかった。コマンドウルフとシャドーフォックスを足して、二周りほど大きくしたような巨大な狼型ゾイド。シールドライガーよりも大きい。
 仲間を一瞬で倒されたジェノザウラーは怒りに燃えてその銀色狼に襲い掛かる。突進してくる狼ゾイドに向けて荷電粒子砲とパルスレーザーライフル、その他ありったけの火器を発射する。直撃。狼型ゾイドは跡形も無く消し飛ぶ。本当に消えてしまった。撃たれたのは残像だ。銀色狼は驚異的な瞬発力でスラロームし、残像を残して横に逃げていた。荷電粒子砲はチャージに時間がかかる。ジェノザウラーはパルスレーザーライフルで銀色狼を再び攻撃する。しかし当たらない。銀色狼は口腔内と爪を金色に光らせながらジェノザウラーに向かって跳んだ。
バギャッ
ジェノザウラーの頭を蹴って銀色狼はダークスパイナーに襲い掛かる。背鰭を失っても、ダークスパイナーはジェノザウラークラスの格闘能力を持っている。口を開き、爪を振りかざして銀色狼を迎え撃つ。だが、パイロットの腕が違った。ダークスパイナーは瞬く間に両腕を破壊され、喉元を噛み切られて崩れ落ちた。
「あの機体とパイロット・・・化け物か!?」
ムラタは驚嘆の声を上げる。共和国のエンブレムが付いている以上、敵では無いだろう。しかし、その驚異的な強さは味方でも背筋が凍るほどに凄まじい。
「あれは・・・、ケーニッヒウルフです!」
ゾイドマニアが高じてパイロットになったほどのゾイド好きのジョーンズが叫んだ。ケーニッヒウルフはコマンドウルフの発展後継機として開発されていた新型ゾイドだ。すでに何機かが実戦投入されていると聞くが、ムラタたちがその姿を見るのは初めてだった。それに、ケーニッヒウルフの装甲はホワイトだと聞いている。今、目の前にいる機体はそのバリエーションか試作機の一つだろうか。
 あっという間に部下を倒された上に、踏み台にされる屈辱を味わったジェノザウラー隊長機は目を真っ赤に光らせ、怒り狂って雄叫びを上げながらケーニッヒウルフに突進する。ケーニッヒは地面にアゴを擦るほどに低く構え、ジェノザウラーが間合いに入った瞬間に全身をバネのようにしてジェノの喉元目掛けて跳んだ。ジェノザウラーの爪が繰り出されるが、それが届く前にケーニッヒウルフの牙(エレクトロンバイトファング)がジェノの喉を食い破る。ジェノザウラーの首はそのまま千切れ飛び、首の無くなったジェノザウラーはよろよろと数歩歩いた後に力無く崩れ落ちた。残っていた数機のディロフォースは隊長機が撃破されたのを見て慌てて撤退していく。銀のケーニッヒウルフは勝ち誇るように一声吼えた。
 呆気にとられるムラタ達に、ケーニッヒのパイロットが呼びかけてくる。
「こちらは共和国陸軍第17特別遊撃部隊所属ウィルフレッド・サインツ少尉のケーニッヒフルフだ。シールドライガー、ベアファイター、ゴジュラスのパイロット、健在か?」
思いもかけない、澄んだ若い男の声だった。5人は驚きつつも所属と氏名、階級、そして無事を伝える。

 サインツ機の先導で谷を抜けた5人は、無事に共和国勢力圏に脱出し、共和国軍基地にたどり着いた。機体を降りる時、ムラタが見たケーニッヒのパイロットは、銀髪の若い男だった。自分と同じか、ひょっとすると自分より年下かもしれないほどの若いパイロット。あれほどの戦いを展開したとは思えないほどに屈託の無い笑顔で整備員と談笑するサインツ。礼を言おうと思ったが、負傷していたムラタ達はそのままタンカに乗せられて医務室に運ばれた。
 約2時間後、検査と治療を受けたムラタが格納庫を訪れると、すでに銀色のケーニッヒウルフの姿は無かった。整備員の1人に尋ねると、休息と食事をとった後、つい今しがた再び出撃していったとのことだった。彼の任務、それはムラタ達のように帝国勢力圏となった地域に取り残された味方の脱出を助けることだという。彼の他にも、同様の任務を遂行している者達が居り、その全員が単独、もしくは2、3人の少数で行動しているらしいと、その整備員は教えてくれた。自分とさほど変わらないであろう年齢で、途方も無く危険な任務を、驚異的なその実力で遂行している青年に、ムラタは興味と憧れを抱いた。いつか、ゆっくりと話をしてみたいとも思う。ムラタのその願いは、この日から数ヶ月の後に実現することとなるが、それはまた別の話である。
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